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2021.02.01

2月の始まりに

 「1月はいぬる、2月は逃げる、3月は去る」
と、小学生の頃、校長先生が朝礼で言われていた事をふと、思い出します。

1月、2月、3月以外でも、時の流れは、速いですね。
「時は金なり」
かつては、意味がよくわからないままでしたが、
今の僕の経験上の解釈では、『いくらお金を積んでも、時間は買えない』
という事です。

業務上、資産承継、事業承継の対策を行っていますが、
この『時は金なり』という言葉を実感します。
『老老介護』から『老老相続』で、高齢化社会の今、
親御さんより、ご子息の方が急に他界されることがあります。

自然の摂理としては、ご年配の方の方が他界されるのは先であり、
親の最期を看取れないのは、子として最悪の親不孝者である、
と聴いたことがあります。
確かに、と納得しました。
しかし、これだけは、神のみぞ知る事で、人事では、どうしようも
できません。

「思い立ったが吉日」この言葉も、時間があるうちに行動しなさい。
時間は無限では、ありませんよ。
という解釈が出来ると思います。

と、ブログを書きながら、依頼されている原稿を早く仕上げないと
いけない、と思う今日この頃です。

やはり、言っているだけでなく、行動しないと、何も変わらないですからね。

2021.01.28

『契約書』の見直しのススメ

 改正会社法、改正民法(債権法)、来年には、民法上の成人が18歳になります。

皆さん、貴社が使用されている『契約書』は、昔の俗に言う、『雛形式の契約書』
で、『甲』と『乙』と、契約年月日を入れ替えるだけで、使用されてませんか?

『契約書』を甘くみてはいけません。
なぜなら、紛争、紛議が生じた場合、『契約書』を基準に裁判所も判断するからです。

私法上の合意は、公序良俗に反しない限り『契約自由の原則』が認められています。

言わば、お互い納得の上で合意、契約した証として『契約書』が存在するのです。

改正民法・債権法が施行される前は、法律はルールを決めていました。
しかし、改正後は、契約内容も当事者の合意、内容についても『私的自治』といわれる
『自分たちの契約内容は自分たちで決める』原則が、より鮮明になりました。
その表れとして『契約の目的』が条項に加わりました。
(皆さんの契約書には、この条項ございますか?)

なぜ、このような契約をしたのか。を問い、合意する契約の柱になる条項です。
誰でも目的がないと、行為それも、他人と契約と言った法律行為はしないはずです。

ところが、間違った認識で『契約書』を締結する、といった表現があります。
これは、間違いです。

契約を締結するのであって、契約書は、それ以後の紛争防止いわば予防法務のために
証として、互いに交わしておくものです。

『売買契約書』と、表記されていても中身が『贈与』であれば、贈与を合意した契約の
証として契約書があるのです。

そうです、契約書は中身が勝負です。
雛形は、当たり障りのない内容です。
また、契約相手が違えば、契約の内容とその契約書は、それぞれに変えるべきです。
それによって、余計な紛争に関わらなくて済む場合も、ございます。

是非、皆さま、貴社の契約書を見直して下さい。

今では、無効な条項があるかもしれません。

2021.01.27

【シリーズ】心を支えてくれた言葉VOI.1

 昨今、心が晴れないマイナスなニュースが多いですね。
僕も今まで、振り返って心が晴れない時期が多かったです。
その時、「心を支えてくれた言葉」をご紹介したいと思います。

シリーズ化して、もし心に響く言葉があり、ご覧いただいている
貴方が、前を向けるきっかけになる言葉になれば幸いです。

『きみはこれから何度もつまずく。
でもそのたびに立ち直る強さももってるんだよ』
ーマンガ「ドラえもん」(藤子・F・不二雄 著)ー

この言葉は、ドラえもんが、のび太にかけた言葉です。

今、想うとマンガって、結構、奥深いメッセージがあるんですよね。
誰でも、上手くいかない、自分だけが何故、こんな目に遭わないといけないのか⁉
こんな思いをすることが多々あると思います。

人間、誰だって、成功、ゴールに近い方法、道先をしりたいものです。
でも、それを客観的にして、ドラマ化したら、面白くもなにもない、物語ですよね。
スタートしました、はい、ゴール‼ END

色々と経験するから、人は、他人と共感できると思います。
親子、夫婦、友人、仲間、いずれも悲しいかな、自分と同じではありません。
あくまで、自分の人生を最期まで歩むのは、誰でも一人です。

そう、個人(個)なのです。
だからこそ、共感でき、共鳴して、共に生活、仕事をしていくのだと思います。

つまづいて始めて気付く事もあります。
勿論、何も思わない方もいらっしゃいますが、そこで見た景色、手を差し伸べてくれた方は
一生、忘れないと思います。

AIと人間を比較されますが、人間が持つ感情をAIが持つようになるとありますが、
それは、そのAIを作成した学者の感情であり、それからAI自身が学習能力を持っても
感情が豊かになることは、ないと思います。

なぜなら、「共感」し合えないからです。

この「共感」という感情は、人間同士だからこそ、互いに持ち合える感情です。

輝いて見える人は、その光の分、影という壁やつまずきがあり、そこから
立ち直り、その方の方法で、光を得て輝いているのだと思います。

つまづく事が悪いこと、格好悪いことでは決してありません。
そこから、いかにして立ち直るか、立ち上げるかが、本当の真価を試されれいる時だと
思います。

僕もよくつまずきますが、何とか立ち上がってます。
(泥臭い生き方かもしれませんが)
しかし、それこそが、自分の歩む道ではないでしょうか。

アクション(行動)しないと、誰もリアクション(回答)してくれません。

一歩、踏み出せば、きっと、景色は変わると、僕は信じてます。