事業承継に活用できる「自社株信託」
様々な目的に沿った民事信託が普及してきた中、自分の会社承継をスムーズに行う事業承継活用にも注目が集まっています。
アプローチ手段は様々ですが、念頭においておかねばいけないのは"会社の経営を止めない"ことです。
継承すべき会社が、継承手段のため傾く事態は避けねばなりません。
自社株信託を除いた既存対策では株式そのものを渡す(100%)か、渡さないか(0%)の選択に迫られます。
会社支配権を後継者に渡そうとすると株式を贈与又は売買する他ありません。
しかし、それにより当然、財産的価値も移動してしまいます。
一度、後継者等に株式自体を渡してしまうと、撤回することは不可能です。
自社株信託のポイントは「所有権の分解」
自社株信託は『信託財産』を『株式』にすることで会社の「所有」と「経営」を分離させます。
信託により株式を「自益権」と「共益権」に分解することで、会社支配権【経営権】だけ移動し、事業承継をスムーズに進める事が出来ます。
そもそも株主権限の中身って?
自益権
定義
株主が会社から経済的利益を受ける権利
⇒ 【財産権】
例示
- 剰余金配当請求権
- 残余財産分配請求権
- 募集株式(新株)引受権
- 株式買取請求権
共益権
定義
会社の管理・運営および役員等選任、解任できる権利
⇒ 【経営権】
例示
- 株主総会における議決権行使(役員等選任、解任権)
- 代表訴訟提起権
- 取締役の違法行為差止請求権
- 会計帳簿閲覧請求権
自社株信託のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
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「自社株信託」の事例・スキーム その1
伸さんの財産
概要 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
自宅不動産 | 土地5,000万円 | |
建物2,000万円 | ||
預金等 | 金8,000万円 | |
T社株式 | 時価2億 | 100%保有 |
1
経営者隠居型信託
この手法で対応できる問題
そろそろ経営の第一線を退いて、後継者に任せたいと考えているが、会社の売り上げは順調で、会社の株価も高く株式の贈与や譲渡をする資金調達と課税の問題が生じる事が悩みの種である。
事案の概要
■相談者:髙橋伸さん(64歳)京都府在住
■背景:
■背景:
- 伸さんは株式会社タカハシ建設(T社)の創業経営者である。
- 伸さんには後継候補者として長男健さん(35歳)がおり、既にT社に取締役として入社している。
- 伸さんは、来年4月で65歳になり、元号も変わるので、それを機会に「隠居」して、その後は、健さんに代表取締役を交替し、T社の経営を任せたいと考えている。
- 健さんは、自分が代表取締役になるにあたって、T社株式を少なくとも過半数以上は取得して、名実ともに経営者としてふさわしい立場になりたいとおもっている。
自社株信託を利用したスキーム
- 伸さん所有のT社株式につき、伸さんを委託者兼当初受益者、健さんを受託者、
二次受益者を健さんとする自社株信託契約を締結し、T社株式の名義のみを健さんに変更する。
自社株信託を活用するメリット
- 民事信託では財産権の移転は生じないので、自社株信託の場合には課税はまったく生じない(委託者=当初受益者)
- 自社株信託の手続きも登記等の必要がないので、極めて簡単である。
(要所は、公証役場で確定日付を付けて、万全にする工夫も必要!) - 契約開始後は、Y社株式の議決権のみが後継者健さんに移動するので、健さんは新代表取締役として、責任をもって会社の経営を行うことができる。
- 伸さんが死亡した際には、Y社株式の受益権が即座に健さんに移動し、その後健さんが自社株信託契約を解除すれば、名実ともにオーナー株主となることができる。
「自社株信託」の事例・スキーム その2
哲太さんの財産
概要 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
自宅不動産 | 時価7,000万円 | |
預金等 | 8,000万円 | |
T社株式 | 時価2億円 | 100%保有 |
順平さんの財産
概要 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
預金等 | 500万円 |
2
後継者育成型信託
この手法で対応できる問題
後継者がいるが、まだ完全に任せられる状況ではないので、今後に向けて段階的な権限移譲を行いたい。
事案の概要
■相談者:玉田 哲太(72歳)京都府在住
■背景:
■背景:
- 玉田さんは株式会社TAMATA(T社)の2代目の経営者である。
- 玉田さんには後継者として次男 順平さん(39歳)がおり、既にT社に取締役として入社しており、また現在、洋食店の料理長として活躍している。
- 長男 浩二さんは、府立病院で勤務医として勤めており、来年、開業予定である。
- 哲太さんは、次男 順平さんの料理人としての腕は認めているが、経営者としては、まだ頼りないと思っており、3年後くらいを目途に会社を任せようと考えている。
- 順平さんも料理をつくる事には自信があるが、経営や数字には自信がない。しかし、新たな創作料理を作り出し、会社を自分の手で大きくしたい想いがある。
自社株信託を利用したスキーム
- 哲太さん所有のT社株式の全部または一部につき、哲太さんを委託者兼当初受益者、順平さんを受託者、二次受益者を順平さんとする自社株信託契約を締結し、T社株式の名義のみを順平さんに変更する。
- 当面の間の措置として、契約内で哲太さんを「指図権者」とする指図権を設定し、指図権者は株主総会開催の○日前までに受託者に対して書面により議決権行使に関する指図を行うものとする」旨の規定を定めておく。
参考
- 「指図権」の行使について、諸々の書籍には「指図権者が後見又は保佐の審判が開始がされるまで」とあるが、「後見・保佐開始の審判」を解除条件にしておくと、実務上、「後見・保佐開始の審判」は時間を要する場合が、避ける様にしたほうが良い。
自社株信託を利用するメリット
- 契約開始後は、T社株式の議決権のみが後継者の順平さんに移動するが、哲太さんに指図権があるので、哲太さんが従来どおり代表取締役として、責任をもって会社の経営を行うことができる。
- 哲太さんが順平さんの成長ぶりを見ながら段階的に権限移譲をしようと考える場合(後継者を心に決めているが、まだ不安があり、成長を見守って、経営者として任せられると決断した時に本格的に任せる)は、「指図権」の発動を柔軟に行って、やがて順平さんに全ての権限を任せるいう方法をとることができる。
- 哲太さんが認知症や重病等で指図権を行使できなくなった場合、柔軟かつ自動的に受託者である順平さんが議決権を行使できることになり、事実上、事業承継が完了する。
「自社株信託」の事例・スキーム その3
博さんの財産
概要 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
自宅不動産 | 時価7,000万円 | |
預金等 | 8,000万円 | |
K社株式 | 時価2億円 | 100%保有 |
健太さんの財産
概要 | 金額 | 備考 |
---|---|---|
預金等 | 500万円 |
3
黄金株代用信託
この手法で対応できる問題
後継者がおり、株価の関係から早めに株式を渡しておきたいが、経営判断については、しばらくの間は引き続き自分で経営を行いたい。
今だと、株価が安いので渡したいが、
- 後継者の経営能力に不安がある。
- 設備投資した、新規事業を自分の手で軌道に乗せてから、経営を任せたい。
事案の概要
■相談者:亀井博(64歳)大阪府在住
■背景:
■背景:
- 博さんは株式会社亀井印刷所(K社)の2代目経営者である。
- 博さんには後継者候補として長男 健太(38歳)がおり、既にK社に取締役として入社している。
- K社はITの普及により紙媒体の受注が激減し、長年に渡る債務超過状態に陥っていたが健太は、幼い頃からアニメが好きで、「声優」か「漫画家」を目指していたが、一人息子であり、博からの強い要望があり、会社を引き継ぐ為、夢を諦めた。
- 健太は友人から個人的にアニメ・漫画を売る等のサブカルチャーの祭典「東京コミックマーケット」に自分の作品を出品したいから、印刷等をお願いできないか、と依頼された。
- 健太は友人からの依頼を受け、印刷、製本等一括に引き受ける体制をK社でできないか?と博に相談し、博は、大幅な設備投資を行った。
- 健太のセンスとかつての夢への情熱が再燃し、依頼者本位で、この事業に取り組んでいると、徐々に口コミで広がり、依頼も増加しつつあり、黒字体質が定着してきたものの、未だに株価はゼロの状態である。
- 博さんは、相続対策として、株価ゼロの現段階で全株式を健太さんに贈与しておきたいと考えているが、アイデアやセンス、発想については健太さんの実力を認めているが、健太の経営能力は未知数であるので、心配が残っている。
- 健太さん自身も、まだ代表取締役として経営まで完全に任せられる程の自信は持っていないが、好奇心旺盛で、夢を諦めて、会社を継ぐ覚悟はあり、最近はコンサルタント会社主催の経営塾に通い、合宿にも参加して、経営面も精力的に身につけている。
自社株信託を利用したスキーム
- 博さん所有のK社の株式の全部を健太さんに贈与し、次に健太さんを委託者兼当初受益者、博さんを受託者とする自社株信託契約(逆信託)を締結し、K社の株式の名義のみを博さんに戻す形とする。
- 博さんは代表取締役として留任し従来どおりに経営を続け、時期を見て自社株信託契約を解除する。
自社株信託を利用するメリット
- 博さん所有の株式の全部が健太さんに贈与されるので、株式に関する事業承継は完全に終了し、その後の株価が値上がりしても、博さんの相続に影響を与えることがなくなる。
- 自社株信託契約開始後は、K社株式の議決権のみが博さんに戻ることになり、従来どおりに博さんが代表取締役として経営支配権を保持することができ、かつ、税金の問題も生じない。
- 博さんが健太さんの成長ぶりを見ながら段階的に権限移譲をしようと考える場合は、自社株信託の対象数を減らしたり、あるいは時期を見て代表取締役を交替したり、契約を解除するなど、自在に対応が可能となる。
- 黄金株は、登記が必要だが、自社株信託は外部に知れることなく実行することができる。
自社株信託以外(黄金株)を利用した場合
- 博さん所有のK社株式を1株のみ残して健太さんに贈与し、博さんに残った1株を「黄金株(拒否権付種類株式)」として、博さんが実質的に経営支配権を保持している状態とする。
「黄金株」は登記によって公示されるので、第三者から見て健太さんの経営能力や信頼性が疑われるリスクがあり、かつ博さんの完全引退後に残った1株の処理が必要など、不規則な状態が継続してしまう。